#02津軽三味線集団 弦音巴

慶應義塾大学公認の津軽三味線サークル。現在27名で活動。結成3年目ながら、世界大会で準優勝する実力を持つ。後夜祭初出演にして、バンドサークルとコラボという斬新なステージに注目だ。

津軽 初代代表
渡部 今年度代表
柳川 次年度代表

―本日はよろしくお願いします!早速、このインタビューのテーマである「青春の1枚」について伺いっていきたいと思います。このお写真について教えてください。

渡部: これは去年の三田祭のステージの写真です!この写真を見ると、和服の人がずらっと並んで、揃っていて、サークルもそこまででかくなって、三田祭のメインステージみたいなところで、堂々と弾かせていただけるようになったんだなぁというのをみて、感慨深くなったので…。
柳川: 一昨年の写真と比べたら。(笑)

―昨年の弦音巴さんのステージは確か1日目の一番最初でしたよね?

柳川: 平日の早朝で、お客さんもほとんどゼロで、しかも奏者は男3人で、とりあえず絵面がすごくて(笑) それを踏まえて、この写真を見ると「1年でここまできたんだなぁ」って…。あと、三田祭で代替わりもしますよね。
津軽: うちのサークルは三田祭のステージが終わったら、引退なんです。一つの節目として置いています。 「津軽三味線を広める」っていうのが、サークルを通じた僕の目標だったので、300人以上の方がステージに見に来てくださって、それが達成できたという瞬間でしたね。設立して間もない小さなサークルに入って、一緒に三味線を弾いてくれたメンバーへの感謝で胸がいっぱいになった瞬間でもありました。
柳川: 先輩泣いていましたね、エモかったです。(笑)

―三田祭の位置付けはやはり代替わりとして、というのが大きいんですね。

柳川: それから、やっぱり一番お客さんが集まるステージ、っていうのがあります。全く津軽三味線に興味がなかったり、津軽三味線の音を聴いたことがないような人が、これだけ集まってくれるっていうのは、三田祭ならではだと思います。
津軽: 間違いない!

―ではつづいて、普段の活動の前にサークルができた当初のことについて聞かせていただきたいと思います。先ほど、「津軽三味線を広める」のが目標と話してくださいましたが、なぜこのサークルを作ろうと思ったのか詳しくお聞かせください!

津軽:僕は高3の時、津軽三味線奏者の吉田兄弟さんを聴いて衝撃を受けて、大学生になってからこの楽器を始めました。でも、慶應には津軽三味線のサークルがなかったんですよ。慶應生が津軽三味線を全然知らないし、弾ける機会もないという状態が勿体無いなと思いました。そこで、津軽三味線の良さを広めるためにこのサークルを作りました。 慶應は三田会が有名ですし、慶應生のなかには卒業後に官僚になったり経営者になる人もたくさんいるじゃないですか。そういう将来的に社会の意思決定に関わったり、影響力が大きくなる可能性がある人たちに津軽三味線の良さを広めておけば、長い目で見て津軽三味線の普及に貢献できるじゃないかなぁ、なんて期待もありました。(笑) まあ実際はシンプルに「楽しそうだな。サークルを作ったら面白いんだろうな。」という気持ちも大きかったですが。

―では、お二人はどうしてこのサークルに入られたのですか?

渡部:僕の場合は、本当に偶然だったんですよ。日吉の新歓で、先輩方がストリートで弾いてらっしゃったのを見て「かっこいいな」と思ってビラをもらったんです。その後、ビラのことはすっかり忘れて、別のサークルに入ろうとしていたのですが抽選に落ちてしまって。もらったビラを漁り返していたらたまたま弦音巴のビラが出て来たんです。改めて「面白そうだなぁ」と思い、入りました。
柳川:私も初めから「津軽三味線がやりたい!」と思っていたわけではないです。友達から、深夜に弦音巴の新歓PVが送られてきたんですよ。深夜テンションで見たら、めちゃめちゃ興奮して、次の日すぐ見に行きました。(笑)そのまま、「とりあえず」という感じで入ったのに、実際にやってみたら、すっかりハマりました!

―では続いて、普段の練習や活動のことをお伺いします。

渡部:週2回、日吉キャンパスの教室で練習しています!各学年入り混じりながら、少人数指導を主にしています!うちのサークルは、ほぼ全員が初心者から始めているのですが、2年目からは後輩の指導もできるぐらいに上達します。
柳川:それから、演奏会が近かったら、合わせ練習もします。演奏会は学園祭や高齢者施設さん、パーティなどで開催していて、設立から現在までで50箇所くらいで演奏しました。累計で大体一万人くらいの方に演奏を聞いていただいたと思います。集まってやるのは週2ですが、ほぼ毎日個人練習をしている人が多いと思います。

―最初サークルができた時経験者の方っていうのはその10年くらいやっていた方だけだったのですか?

津軽:そうですね。僕自身も半年くらい津軽三味線を練習してからサークルを作ったのですが、最初はやっぱり、手探り状態でしたね。楽器のレンタルできる場所を探したり、練習場所を探したり、演奏させてくれそうなところに営業に行ったり…。 僕は、それほど三味線がうまい方ではないんですが、後輩を教えるのが得意なんですよ。なので教えることに専念してたら、みんな僕よりもうまくなっちゃって。(笑)
渡部・柳川:(笑)
津軽:二人とも僕より上手いです。ここにいる2年の柳川は、11月に倉敷で行われた津軽三味線全国大会の三味線経験3年以内の部で、銅賞に輝いたほどなんです。
柳川:でも三味線は弦が3つしかないし、半年ぐらいかけて基礎だけ教えてもらえば、あとは割と自分で練習を進められる感じですよね。
津軽・渡部:そうだね〜。

―大会というのはどういうものがあるんですか?

渡部: 僕らが出たのは、弘前の世界大会と倉敷の全国大会。その中の、団体戦っていう部門にサークルでは参加して、まぁどっちも準優勝だったんですけど。

―惜しいですね。

渡部: ん〜〜まぁ。
柳川: あっさり言うけど、実際結構ドラマチックだったじゃないですか?大会!(笑)

―ドラマチックに語ってください。(笑)

渡部: まぁやっぱ色々ありましたね。急に「津軽三味線の大会に出よう」と言われても、どういうものなのかサークルのメンバーもあまり想像がつかなかったみたいで...。 僕は去年、兼サー先の津軽三味線サークルで出場したので、今年は、こっちの弦音巴の方で出たいなぁと思っていたんです。先輩たちからサークルを引き継いだ時から大会出場を目標にしていました。(大会が)弘前で行われるので、観光で釣ったりとか、大会レポート書いて、楽しそうな写真とか乗せて。(笑)「旅行のついでに大会出よう!」みたいな感じで、最初は釣るだけ釣って、いざ始まったら、「やるからには、ちゃんとやろうよ!」という感じに、ちょっと体育会モードにチェンジして、仕上げていきましたね。
柳川: それでも、釣れたのは11人で、大会出場に必要な最低人数ギリギリだったんですよ。 なので、蓋を開けてみたら準優勝しちゃって、びっくりしました。初出場だったので、上位入賞を狙っていたわけではなくて、「経験として、今後のモチベーションのために出てみよう」という感じで行ったので。(笑)しかも、トップとの差がほとんどなくて。トップが早稲田だったことが悔しくて、倉敷の全国大会で優勝を目指そう、ということになりました。でも、倉敷は結局0.1点差でまた準優勝になってしまったんです。だから、次こそはリベンジしようということで、今は12月の滋賀で行われる全国大会と、来年の5月の弘前世界大会に向けて特訓中です。いつも本当に惜しいので、頑張れば優勝できると思っています!
渡部: 最初は三味線の大会についてわかっていなかったんですけど、一回行くと、後輩に火がつくので、やっぱりやってよかったなと思いますね!

―大会はどういう基準で採点されるんですか?

渡部: 団体戦だと、統一性とか、音のブレがないかとか
柳川: 西洋音楽と違って指揮者がいないので、掛け声で呼吸を合わせる、というのが意外と難しいんです。あとは、津軽三味線の特徴が速弾きということと、コードではなくほとんど単音で演奏するということもあり、「いかに揃っているか」というのは結構ポイントなんです。
渡部: そういうことですね。あと人数の問題があります。人数が多いと、音量が出て、迫力があるので、今の弦音巴はどうしても人数が足りないということを今年一年で痛感しました。来年は新歓をがんばりたいです。
柳川: 他の楽器とは違って、津軽三味線は「音で大きければ大きいほど上手」ということになっていて、必然的に人数が多いと有利なのだと思います。
津軽: 三味線には、皮を叩いてというドラムのように演奏する要素とギターのように弦を奏でる2種類の要素があって、どちらかが欠けてもうまくいかないんです。

―奥が深いですね…。

―後夜祭の話にうつりますが、出演するのは5人ですよね。後夜祭には出ない、サークルのメンバーに向けてのメッセージをお願いします。

渡部: 見に来てください!見に来てくれますよね?(笑)
柳川: 後夜祭は、バンドとのコラボという点に注目してもらいたいです。普通の人って、津軽三味線に対するイメージとかをあんまり持ってないと思うんですけど、意外とバンドにも溶け込めたり、汎用性が高いんです!

―代表を務めてきたお二人だからこそ感じたやりがいや挫折、工夫したこと、嬉しかったことなどがあれば教えてください。

津軽: 弦音巴は一風変わった個性のあるメンバーが多いんです。そういう人たちがどうしたら三味線に熱中してくれるか、楽しんでくれるかをいつも考えていました。ソロに挑戦してもらったりとか、役職を担当してもらったりとか、色々と工夫しましたね。さっき柳川も言ってくれたように、そうした工夫をした結果、後輩からやってみたら意外と楽しかったと言ってもらえたり、サークルに入って良かったといってもらえた瞬間がすごく嬉しかったです。

―2代目の渡部さんはいかがですか?

渡部: まぁサークルに色が出て来たっていうのが、すごく面白いなと思いました。津軽さんが、何もないところから作り出したものが、だんだん弦音巴らしい、弦音巴の雰囲気だなぁというのが出て来たのが、やっていて面白いなと思いました。

―早稲田のサークルとも兼サーしているそうですが、何か違いかはありますか?

渡部: 早稲田のサークルでは、割と「集団で団結して」って感じがあるけど、弦音巴は「みんながやりたいことを主張して、実現できる」っていうのが、新しい個性だなと思ってます!
柳川: 早稲田のサークルは、100人ぐらいの大人数で、歴史もあって、私たちの目指すところというか、創立当初のモデルみたいになっていました。でも、今では「あれを目標とする必要はない。全く同じものを作らなくていい」という感触が生まれてきました。「弦音巴は弦音巴でいいんだ」と今は思っています。

―なるほど。だんだんと“弦音巴”さんらしさがでてきたんですね。今日はありがとうございました!